![]() |

ビデオパッケージ論とは、
日本の高度成長時代のマネジメント教育は、「企業集団の遂行能力を育成する」ことを目的とした。
そうした状況の中で、教育の手段として映像教材が導入され、集団の即戦力化が行われた。
そのビジネス教育の現場で何を求められたのか?
ここに映像教材の活用方法が問われてくることになる。
それまでの教育は座学中心で、知識を記憶すれば習得したとみなされてきた。
しかし、実際の現場では、成果があげらなければ習得されたことにはならない。
学習の成果としてのアウトプットがペーパーテストでの記憶度でなく、現場でどれだけの成果を
期待できるかに移るのである。ここから教育の目標が変わる。
その手段である教材の目的も、当然、それに沿ったものにしなければならない。
つまり、知識習得ではなく、行動学習に変わったのである。それにより、開発育成される
能力も違ってくる。
教材作りは、教育の手段作りでもある。だから、目的が変われば手段を変えなければならない。
目的と手段とは相関関係にある。その機能を設計するのがビデオパッケージ論の概略である。
では、そのような目的と機能を備えた教材開発をどのようにすべきか?
この概念は、私が30年間、諸先生方と共に共同作業を通じて、考え苦慮した視点である。
学習の機能を設計するためには、教育の教授内容と教授方法との二つの領域がある。
映像を作る人が、認識しなければならないのは教授方法の設計である。
平たく言えば、どのように教えるかのデザインである。学習のシステム化はここから始まる。
映像が最初に導入された当時は、主にドラマのような情感表現を用いて学習者に動機づけが行われてきた。
そして、企業の組織が大きくなるにしたがって意思の疎通が起こると、共有化された目標の遂行が
不可能になり、管理も難しくなる。戦略的な組織運営のマネジメント能力にも問題がおこる。
そのために目標達成に必要な能力用件は、何かを分析し、その達成要因を一つ一つ擬似体験させ
集団全員が必要な遂行能力を養い、組織を運営することを目指したのである。
企業の組織運営には、知識や技術の記憶度でなく、行動能力を如何にして体得させるかであった。
では、教育効果を高めるためには、どうするべきかという問題が出てくる?
教材は所詮、手段である。手段の目的はどのような機能を待たせたらよいか。
その良し悪しで教材の価値が決まると言ってもよい。
そのためには、情感に訴えるものではだめで、教育工学的な視点でプログラムを構築する必要性が
生まれてくる。
如何にして教育効果を高めるか?
教材開発は、この機能設計に重点を置いて構築する。
学習目標である到達点に、学習者をどのように導くか。その仕組みづくり、システム化である。
そのシステム化を構造化するためには、目標を達成する能力用件の分析と把握が必要となる。
分析された行動要因を幾つかのステップに分けて、実際の行動にシュミレーションさせて
学習者が習得目標に到達できるかどうかを綿密に組み立てる。
そのステップを、一つ一つ学習者が疑似体験するれば、実際に必要となる遂行能力を自動的に体得できる
仕組みづくりである。
映像は、それを繰り返し、繰り返し疑似体験させて「習熟」という学習形態を通じて飛躍的な能力の育成を
図ることができる。
教育ツールの開発は、アウトプットに重要な評価点がある。どんな成果を、この教材がもたらしてくれるか。
ここに教材の価値があり、評価が決まると言っても過言でない。
この日本画教材開発も、長年の経験を基にして商品化したものである。日本画という独特の彩色技術の
習得に、新たな一歩を提案したプログラムと考えている。
教材をパッケージ化するためには、情報の加工度を高め、構造化して学習の仕組みを設計する必要がある。この知的基盤が組織の中に構築できれば、組織の全員が共有化して必要な能力要件を
習得できる。また、改定を加えながら知的財産として引き継いでいくことも可能である。
日本は、物まね教育をベースにしてきたために計画的な教材開発はまだまだ、未開発分野にあると考える。
これから、コンピューターが進化して仮想社会を作り出そうとしている状況下では、高度のシュミレーション学習モデルが実現する時代を迎えている。そのためには、長期視点に立った共同事業と
して、取り組む必要がある。